「アンソロジーお弁当。」という本があって、愛読書の1つだ。今から10年ぐらい前にPARCO出版から出ていて、いろんな文筆家のお弁当に関するエッセイが収録されていて、発売されてすぐに買い、今も時々めくることがある。

先日、外出先で次の予定まで少しだけ時間ができたので本屋に立ち寄ったとき、「おいしいアンソロジー お弁当」というタイトルの文庫本を見つけた。ずいぶん似たタイトルだが、著者名も版元も違うので、読んだことのないお弁当関連のエッセイ本かなと、気づけば時間も押し迫っていたので、よく中身も見ずに買って店を出た。

おいしいアンソロジー お弁当~ふたをあける楽しみ。 (だいわ文庫)
読み始めてみれば、なんだ同じ中身だった。あとがきをみたら、私が持っている本の再編集の文庫化だったが、新たに4人の文筆家のお弁当エッセイが収録されていたので損をした気はしなかった。
エッセイを同じテーマで集めているのだが、それぞれの著者の年齢や生まれ育った場所、生活環境が違うから、見えてくる世界が違う。思い描きやすい、昭和後半の自分に重なるような話もあれば、現実味の湧かない戦前の話もあって尚更面白い。
・鸚鵡(オウム)のアルマイト弁当箱
この本の中で、2人の文筆家の思い出の弁当箱としてそれぞれ、オウムの弁当箱が登場する。そう、あのお喋りでできて、派手でおなじみのオウム。
1人は武田百合子。1925年神奈川県生まれ。小学校の上級になったときの思い出、とあるので、おそらく1930年代半ばと思われる。
「首から定期券を下げて、一人だけ電車通学をしている生徒が、赤い小判型のアルマイト弁当箱を持ってきたとき、みんなは代る代る見せて貰った。鸚鵡の絵が蓋に描いてあった」(ことばの食卓)ちくま文庫より
と、色が塗られた新金属の弁当箱に同級生たちが色めき立つ様子を描いている。
もう1人は金井美恵子、1947年群馬県生まれ。昭和20年代中頃の思い出として自分の姉が幼稚園の時に経験した、とある弁当事件を紹介していて
やがてお昼になって、お弁当の包みを渡され、木の枝にとまっている赤いオウムの柄が蓋にプリントされた小判型のアルマイトのお弁当を開いたところ、
と、こちらも小判型で、オウムがプリントされている。関東といえど場所も違い、世代1つ違う2人の思い出のお弁当箱が、どちらも同じ形で同じモチーフって、興味深い。オウムって流行ってたんですかね。
気になって調べてみると、古くから鳥を愛でる風習がある日本、江戸時代には食事しながら珍しい鳥を見るのが流行り、孔雀茶屋、花鳥茶屋といった施設があったそう。オウムなどの洋鳥が一般的に普及したのは明治以降で、大正から昭和初期の愛鳥ブームにより、1927年は最も多くの飼鳥雑誌が刊行された。この時特に人気で輸入されていたのがインコとオウムだったそうです。
・1900年代、金属製弁当箱の登場
1901年、20世紀の幕開け。八幡製鐵所が創業を開始し、大阪でアルミニウム製の家庭用器物の製造が始まった。日露戦争を機に、陸軍兵士が柳行季の弁当箱に替わってアルミ製飯盒や水筒を持つようになり、軍の宣伝で広く普及することになったらしい。ここが、金属製弁当箱の幕開け。弁当箱は、戦争との繋がりが深い。
1905年を境に料理書の刊行点数は増加し、同年刊行の『日用便利弁当料理案内』(図1)は、雑誌等で弁当がさかんに取り上げられる以前に書かれた、お弁当に特化したレシピ本というところがかなり特徴的。

冒頭で、弁当に用いる料理法は器物の違いによって配慮すべきとして、陶器の胴膨れ型(食籠と思われる)や金属製の扁平型、柳行李弁当器と、3種類の弁当箱を解説している。時は明治、弁当持参が一般化し「弁当箱」という日用品の新市場の誕生がうかがえる。
・みんなの憧れ、アルマイト弁当箱
ちなみにアルマイトは、1928年に日本で発明された。きっかけは終戦だ。戦時用アルミニウム材が終戦により生産規模や保有量が平和的用途に過剰となり、民主福祉用として日常生活必需品を作りはじめたことで普及していった。
前述の武田百合子は、赤くてオウム柄のアルマイト弁当箱と比較して自分の弁当箱を
「私のお弁当箱は、蓋に斜めに箸を納める凹みのついている、アルミニュームの四角いのだった。梅干しの酸でも傷まない、アルマイトという新金属で出来たお弁当箱が売り出されたのは、上級生になった頃だと思う。
と書いている。
小説の中にもアルマイトの弁当箱が登場する。壺井栄『二十四の瞳』の中の1932年の場面として「ミサ子もマスノも、ふたに百合の花の絵のあるアルマイトの弁当箱を買ったと聞いて、松江は母にねだった。」の描写がある。松江の母は願いを聞き流して古い昔の柳行李の弁当入れを探し出すが、松江はそこで、泣き出してしまうほどがっかりしている。
当時の刊行物『通学児童栄養弁当十二ヶ月、』(1936)にはアルマイト弁当箱の広告が打たれ、「辨當容器に就いて」の目次が登場する。巷で歓迎されている琺瑯とアルミニュームより「辨當箱の寵児はアルマイトといふことになつて来ました」と、推奨の度合いがやけに強い。
戦時経済の中で軍の政府介入による生産力拡充や経済強化政策は、日用品である弁当箱の素材にも影響を及ぼした。そしてアルマイトというこの新金属の食事入れに、色や模様という付加価値が生まれ、新時代を迎えた。お弁当の中身からそれぞれの家庭が透けて見えるだけでなく、弁当箱そのものが中身を見ずして他者との差異を表現する自己表現やファッションという意味づけをし始めたわけだ。
太平洋戦争後は、1950年代にはアニメキャラクター柄などが多数登場する。経済が上向く中で色や柄が弁当箱選びの大事な要素になり、家庭内での購入選択の主体的な意思決定者に子どもが加わったことがわかる。さらに政府の産業支援を受けて、プラスチック製品が世に広まり、弁当箱の雑貨化は加速していく。
【参考文献】
アンソロジーお弁当。 PARCO出版2013
平川喜四郎 1955「製品とともに五十余年あれこれ」軽金属/1955 巻 16 号
小菅桂子 1997『近代日本食文化年表』雄山閣
江原絢子 東四柳祥子2008『近代料理書の世界』ドメス出版
藤村棟太郎 1905 『日用便利弁当料理案内』大学館
富田悟 2021「理研におけるアルマイト研究の歴史を紐解く」表面技術 72巻4号 189
宮田聰 1960「戦後のアルマイトをかえりみて」金属表面技術 11巻10号 183
武田百合子 1991『ことばの食卓』ちくま文庫
壺井栄 1952『二十四の瞳』光文社
山崎志郎 2013「原朗著『日本戦時経済研究』」東京大学出版会
一般社団法人プラスチック循環利用協会2021「50年史」株式会社出版文化社
西田澄子ほか2023「飼鳥雑誌にみる大正・昭和初期の外国原産鳥類の飼養と籠抜―外来種定着リスク回避のため
の適正飼養に向けて」別添3-2 調査研究報告書(要旨)
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