自分好みのわっぱ弁当箱を探そう

  巷で「わっぱ」のお弁当箱がブームなんですよ、と先日編集者の方が言っていらした。おしゃれで、お弁当がおいしそうに見えるから人気なんだそうです。なるほど確かに。

大館、奈良井、井川、尾鷲、博多。の共通点は?の答えは、「曲物の産地」。わっぱとは曲物を指す方言で、お弁当箱単体をでなはく、曲物(まげもの)の総称です。ちなみに写真は、新潟寺泊の曲物弁当箱。

■曲物とは

  
曲物は、綰物(わげもの)、桧物(ひもの)とも言います。檜や杉などの薄い木材を円形や楕円形(時には四角形もある)に曲げて作ったもので、幾重にも年を重ねた木の年輪が平行になる(柾目)向きに沿ってはぎ(柾目取り)、薄く削ったら火にあぶったり熱湯に入れるなどをしてなましてたものを円形や楕円形に曲げて成型して、合わせ目を桜や白樺の皮で縫い合わせ、底をとりつける、といった具合。

用途を見れば、面桶やせいろなど飲食や調理に関する容器だけでなく、水を汲むための柄杓や水桶、ふるいなどの農具、おまるや火桶などの生活用具、三宝や折敷などの祭事の道具、茶入れなどの貯蔵容器など、実に幅広いものがあります。曲物は、私たちの生活に、本当に古くから寄り添い続けてきた技術です。

今の東京都八重洲中央1丁目、日本橋3丁目あたりは江戸時代には「桧物町」という町名がつくほど桧物屋が多く軒を連ねたそうですが、明治時代からブリキやアルミニウム、さらに戦後はプラスチックといった他素材や技術の発展による代替品の普及、用途自体が求められなくなったなどの理由から、実用品としての曲物は徐々に姿を消していきます。

しかしその中でも、弁当箱としての曲物は長く愛され続けてきて、今では曲物を総称していたわっぱという言葉が、お弁当箱を示すようになっている地域も。先述のように、この呼称は方言です。『聞き書 ふるさとの家庭料理19 日本の弁当』(農文協編)には、日本全国のお弁当が写真付きで収められています。その中で曲物の弁当箱に詰めているものに注目して呼び名を見てみると

わっぱ…青森県、秋田県、三重県、和歌山県
ひつこ…宮城県
めんぱ…長野県、埼玉県、福井県、岐阜県、群馬県、静岡県、大阪府、奈良県、宮崎県
めんつ、面桶(めんつう)…滋賀県、奈良県、島根県、徳島県、大分県
めんこ…山口県、広島県、
めっぱ…奈良県、徳島県、熊本県
ねっぱ…徳島県
おめんつ…愛媛県、
もっそ(物相、盛相)…高知県、徳島県
がえ…鹿児島県、

とさまざま。
また、曲物は水漏れがしないので、漁に出るときにも最適。漁に出る時の曲物弁当箱の名前はなかなか面白く、

ちげ(馳餉)…京都の伊根町。漁に出るときに舟に積む2段の曲物の弁当箱。
ひるまぎ…鳥取県鳥取市で、あご漁などのときに持たせる2段の弁当のこと
くらげ弁当…福岡県築上郡。ぼら網漁のときに持って行く、竹製の曲物の弁当箱
セートンゴー…長崎県の漁村で用いられた弁当箱で、コバチと呼ぶ曲物の飯入れと箸
『図録民具の基礎知識』(かしわ書房、

という聞き慣れない名前もありました。

■伝統工芸品としての曲物

1974年、伝統工芸品産業の振興を目的として「伝統的工芸品産業の振興に関する法律(伝産法)」が公布されました。これに基づく経済産業大臣の指定を受けた工芸品を「伝統工芸品」と呼ぶそうで、それには以下の要件を満たす必要があります。

  1. 主として日常生活で必要とする工芸品であること。
  2. 製造工程のうち、製品の持ち味に大きな影響を与える部分は、手作業が中心であること。
  3. 100年以上の歴史を有志、今日まで継続している伝統的な技術、技法により製造されるものであること。
  4. 主たる原材料が原則として100年以上継続的に使用されていること。
  5. 一定の地域で当該工芸品を製造する事業者がある程度の規模を保ち、地域産業として成立していること

平成20年8月に出された経済産業省製造産業局の「伝統的工芸品産業をめぐる現状と今後の振興施策について」を見ると皮肉なことに伝統的工芸品産業の現状は、指定品目増え続けているのに、法律が公布されて間もない時期に比べて、昭和50年代前半に生産額こそ多少上がったもののその後は右肩下がり、企業および従業員数は現象の一途をたどっています。

■自分好みを見つけよう!各地の曲物

いわゆるわっぱの弁当箱は「ごはんがおいしくなる」というのは有名。先述した柾目取りの木材には、ほぼ平行にそして等間隔で木目が並んでいて、反りづらく割れにくい特色があります。その木目のごく細い空間を、重力や方向に関係なく水分が浸透し、ごはんの蒸気もうまく吸収してくれるから、おいしい。また選ばれる材質が杉やヒノキに殺菌効果があることからも、注目されていますね。とまあ、その辺のご説明は、もっと専門家にお任せするとして…

かつては、全国各地で作られ使われていた曲物。弁当入れとしての用途も全国各地に見られましたが、青森の津軽曲物や山形の大平面桶、奈良・洞川など吉野周辺の曲物、徳島の拝宮ネッパなど、衰退して今では産業消滅してしまっり入手困難になってしまったものも実は多数。でも、実用と美しさを兼ね備えた今なお健在の曲物の弁当箱が各地にあります。

私の手元に、『曲物・箍物 木工諸職双書』(成田寿一郎、理工学社)という本があり、その中に今から20年前、1995年(平成7年)に岩手県盛岡市の百貨店と秋田県大館市の大館曲げわっぱ協同組合の共催で行われた「日本の曲物展」の出展者リストが掲載されています。筆者曰く「考えてみると、これが現在の日本における曲物業者のリストかもしれない。依頼先の60〜70%が出品してくれたという」とのこと。このリストを基に、電話や来店などをして、現在曲物の弁当箱が購入できるところをちょっと調べてみました。

大館曲げわっぱ(秋田県)
曲げわっぱの弁当箱では最も有名。全国で唯一、伝産法による伝統的工芸品産業に指定されています。藩政時代、久保田藩2代藩主の頃に下級武士の生活窮乏対策の1つとして曲物製作が奨励され、これが発展して一大産業に。日本の曲物文化の牽引役です。秋田杉の美しさそのものを存分に生かした白木をはじめ、柿渋の液を下塗りした後に生漆を上塗りする「シバキ塗り」や、内側に朱漆を三度塗りした「花塗り技法」のものなどがあります。
<関連サイト>
栗久(経済産業大臣指定伝統工芸士、栗盛俊二さんの作品)
柴田慶信商店(経済産業大臣指定伝統工芸士、柴田慶信さんなどの作品。若手デザイナーとのコラボなどもあり、商品のバリエーションも多数。日本橋三越本館5階デイリーダイニングと浅草店の支店あり)

桧枝岐曲物(福島県)
現在、お弁当箱を制作しているのは村でお一人。黒ヒノキを材料に作られた曲げ輪の弁当箱は、ネット通販などはなく、村営の木工品展示販売所の売店のみ。名のとおり、檜を使った民芸品が文化として継承されているので、その他ヒノキの商品も注目です。

入山メンパ(群馬県)
赤松やサワラが材料。群馬県中之条町入山地区の伝統工芸で、草津温泉での需要が高かったために「草津メンパ」とも呼ばれたそう。現在は山本幹雄さんなどが製作していらっしゃいます。道の駅 霊山たけやまや、ふるさと交流センター「tsumuji」で白木のメンパを購入することができます。

井川メンパ(静岡県)
静岡県静岡市で作られています。職人である望月が作られた入れ子式の6個組は名品。漆塗りまでご自身でなさるので、大量生産できませんが、塗りを施した本物の曲物を市場よりも手頃な価格で購入できます。

奈良井メンパ(長野県)
奈良井は古くから曲物が有名で、また漆器で名高い木曽平沢も重なり、関東屈指の産地。山仕事に弁当箱としてメンパがよく使われていたこと、『曲物』(岩井宏實、法政大学出版局)によれば、江戸から明治にかけては「東京の蕎麦道具製造組合から、蕎麦屋が使う蕎麦蓋・蕎麦蒸篭の素地製作の注文があり』そこから蕎麦道具の製作も行われるようになったそう。木曽のヒノキやサワラを使い、山桜の皮で閉じる。電話で伺ってみたところ、奈良井・花野屋さんの弁当箱は、通信販売で取り扱いがあるそうです。(売り切れの場合があるので要注意)

寺泊山田の曲物(新潟県)
足立茂久商店は、元々は篩(ふるい)や裏ごし、蒸篭などの調理道具製作が主。木のぬくもりと本質を生かせる、と先代から白木のお弁当箱も手がけています。現在は11代目である照久さんがお一人で製作しているので、予約も受け付けていますが、弁当箱の生産がなかなか難しくなっているのが実状だそう。見つけた時が運命の出会いかもしれません。

尾鷲わっぱ(三重県)
元々、わっぱの一大産地だった尾鷲。でも現在は「ぬし熊」さんだけになってしまったそうです。地元の尾鷲ひのきを使い、拭き漆仕上げ。丸や小判のお弁当箱は、どれも美しく丈夫です。
明治20年創業で現在4代目だそうですが、伝統を紡ぐだけでなく、レンジ対応できるわっぱも手がけ、現代の生活スタイルにもなじむものを提供してくれます。

博多曲物(福岡県)
馬子地区は、元々祭具としての曲物を作っています。その技術が生かされている角型が、博多曲物の弁当箱の特徴。曲がり部分に縦に筋を入れることできれいな角型に仕上げています。
印籠型のフタなので汁漏れへの不安は仕方ないこと。いわゆるスリム型なので、通勤通学鞄の底にもうまい具合に収まります。

宮崎メンパ(宮崎県)

諸塚村で作られています。丸わっぱの他に、三角型があります。おにぎりそっくりの緩やかな三角が、かわいいです。塗りはなく白木。素朴な風合いで、お値段も手頃なのがうれしいところ。

と、私が持っている曲物弁当箱からいくつかご紹介しました。

わっぱのお弁当箱ってお高い!という印象があるかもしれませんが、素朴で、頑強で、手頃なわっぱの弁当箱も全国各地にあります。5000〜10,000円もせずに買える本物の曲物弁当箱は、実はいろいろあるのです。福島や高知など、まだまだ私も使ったことのない曲物弁当箱があるので、ぜひ使ってみたいと思っています。

最近はフタの表面に和柄デザインの模様を施したモダンなわっぱ風弁当箱も5000円ぐらいで登場しています。見た目にも可愛く、量販店での取扱も多いので購入しやすく、わっぱ気分が楽しめます。
ただしそれは、あくまでわっぱ風。化粧板を貼り合わせていたり、継ぎ目も本当に山桜の皮で縫っているわけではなく、糊付けだったりするので、わっぱ本来の通気性や堅牢さは持ち合わせていませんので、ご注意ください。

白木がよいか、ウレタンや漆など表面加工してあるものが良いか。印籠蓋か、被せ蓋か、1段か2段か、入れ子式か。レンジOKのものがあったり、修理の可否など、選ぶ時の優先順位は人それぞれ。取り扱いについては、購入の際の取扱説明書で確認を。皆さんのお好みのお弁当箱が見つかりますように。

投稿者: 野上優佳子_YUKAKO Nogami

料理家・弁当コンサルタントとして新聞、雑誌、TV、ラジオ、ウェブ、全国各地での講演など多メディアで活動中。「楽しく作って毎日おいしい こどものおべんとう」(成美堂出版)を始めお弁当などをテーマにしたレシピ本の著書(20冊以上)、レシピ本の企画制作、ワークショップ、弁当箱のプロダクト開発や商品アドバイザーなども行っている。 35年以上お弁当を作り続け、300個を超えるお弁当箱を使用した経験に基づき、実際に日々お弁当を作る目線からの、実用性と汎用性の高いレシピと洞察が好評を博している。私生活では2女1男の母。1972年生まれ。 Instagram(http://instagram.com/yukakonogamis/)ではお弁当を詰める様子やレシピの動画を日々更新中。 国立研究開発法人水産研究・教育機構「SH“U”N project(サスティナブルでヘルシーなうまい日本の魚プロジェクト)」外部レビュー委員。東京学芸大こども未来研究所 教育支援フェロー。東京学芸大学教育学部国際文化教育課程日本研究卒業。

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